ume_boshiのブログ

人生の半ば、ふとした迷いから転職をしてしまった元看護師のぼやきです。

私も年とったんやろかねぇ・・・・

最近の若い奴らは・・・と、昔のおっさん達の様なことをぼやいている自分が居る。

テレビで、訪問する約束を守らず、何度もすっぽらかして取引先の社長を激怒させた

社員のために、上司が手土産を持って謝罪に行く番組をやっていた。

TBSの「尾行バラエティ ドコヘ行くのか!?」という奴らしい。

 

その若い社員は、ビビっている割に謝罪先の会社へ入る直前まで帽子を被っており

上司に注意されてようやく帽子を取る始末。

「緊張しているため」とテレビのコメントがついていたが、そんなことさえ判っていない様に感じられた。

髪型も格好をつけているのか、もみ上げを伸ばして印象が良くない。

営業職なんだろうに自覚が無いらしい。

全て、上司が話をして怒り心頭の取引先の社長になんとか懐柔して事なきを得た様だが

問題の若い社員は、きっとまた同じことを繰り返す様に思われる。

 

うちの会社でも似た様なことが過去に何度かあったが、相手先がこれほど真摯に謝罪に来たことは無かったな。

残念なことに、うちはたいした会社でも無いから仕方ないか。

1月の新年会で、R社の担当に今まで取引が無かったのでたまには来社してくれと話したら、必ず行きますからと熱心で、来たらなにか買ってあげないとなと考えていた。

しかし、2月が3月になってもR社の担当が来社することは無かったね。

他の販売店の店主から「R社の担当は転勤になるらしくて、この間挨拶に来たよ」と

話を聞いたときにはびっくりしたというかなんというのか。

その件をイワ○ニの担当にぼやいたら、しばらくしてR社の担当から電話がかかって

「私は移動で訪問出来ませんでしたが、次の担当には必ず行かせますから給湯器を買ってください」とのたもうていましたな・・・・

どんな人間だと、そんな厚かましいことが言えるんだろうかと思いましたが。

本当に呆れるばかりで。

「そうだね、本当に来たらまた考えてみるよ」と答えておいたっけ・・・

あれから何年経ったんだろう。5年か?それ以上か。

未だにR社の担当がうちへ営業に来たという事実は無いと記憶している。

ま・・そんな時代なんだろうね。

このテレビ番組のふざけた担当を見ていて、そこらじゅうこういうので溢れてるんだろうかなと残念な気持ちになった。

月に20日ほど弁当持って会社へ通うと、給料もらえて楽しいなと・・そんな感じなのかな。

会社が傾いたとしたら、立派にお前らの功績だろう。

今来ているP社の担当も、なんかホワーッとした覇気の無い感じだし。

物事のアンサーが返ってこないタイプみたいだし。

扱いに困るわ。どっちが客なんだか判らない。

なんか、情けないなぁ。

今年の夏は異様に暑いみたいだよ。

日本各地で40℃越で、あちこちで死者が出たりして救急搬送される人も多いらしい。

日本だけでなく、地球規模で酷暑というか気温上昇して大変なことになってる。

なんだか、南半球にあるオーストラリアでも30℃超えてるところがあるとか

都市部でも20℃くらいあって冬とは呼べない感じらしい。

大丈夫か、地球。

火星が最接近する年らしいから、その影響か?

 

・・・で、あんまり仕事をやる気が起きないというか

真剣な話、半日頑張ると倒れそうになる。

・・・これは年のせいかもしれない?

 

で、昨日はガス配送の後、午後から90プラドの修理をしていた。

ちょっと前から、オートアンテナがガガガガッギギギギッと

エンジンかけたり切ったりする度に異音を発するモノで、とても恥ずかしい。

どうせボロい車ですよぉ~、でも好きで乗ってるんですよぉ~。

と思いつつも、いつまでも整備しないわけにはいかないので

ネットで、直した先輩方の情報を頂き、パーツを注文して

おそるおそる修理開始しました。

もぉ、ビビりです。

最終的に、固定ピンなんかはぶった切ったけどね(^_^;

ちゃんと新しいの用意してあったしぃ~(私にしては珍しいこと)

暑くて早く終わらせたかったのと、手がグリスでベトベトだったのと

メンタル的に余裕無かったから、写真は一枚も撮ってない。

分解して、古いグリスを拭き取って新しくシリコングリスを塗りたくって

元のように組み立てて(まだ、新しいアンテナは入れない)、

アンテナ収納部本体を車体に仮止めして(電源コネクタつなぐ)、フェンダー側から

新しいアンテナのコード部分を「ギア面を後ろ向きにして」挿入し

エンジンキーをONにすると、しばらくして「シュルシュルシュル」っと

アンテナが引き込まれていきます。

とても気持ちいいです、ヤッターって感じです。

あとは、本体をしっかりと固定してタイヤハウス内のカバーをクリップとネジで

固定して完成でございます。

私は、約1時間かかりました。

90プラド、復活にござりまする。

 

3月に納車されてから、ホントにあちこち直してきたような気がする。

旧車に乗るのって大変なんですね。

でも、エンジンは快調だからとても嬉しいです。

1KZ-TE大好きです。

 

思い出・・・魔法瓶の水筒

小学校何年の頃だっただろうか。

3年生くらいだったのかな。

遠足があるというので、魔法瓶の水筒を買ってもらった。

当時の魔法瓶は、本当の魔法瓶・・・

そう、ガラスの内瓶が水筒の中に入れられているものだった。

それまでは、保温もなにも無い、ただの水筒を持って行っていた私は

前日にその水筒を買ってもらって、翌日の遠足をとても楽しみにしていたのを覚えている。

思えば、遠足で冷たいお茶が飲めるということが楽しみだったんだろうね。

 

当日の朝、母に冷たいお茶を入れてもらって意気揚々と集合場所に向かった。

到着してバスを待っていたのだと思うが、リュックと水筒を下ろして公園の砂利の上においたのだと記憶している。

しばらくしてバスが来たので、リュックを持ち上げた時、ふいに水筒が横に倒れた。

そんなに強くで無く、ゆっくり横に倒れたと思うが・・・ガシャッと嫌な音がした。

中をおそるおそる覗いてみると、ガラスが割れてお茶の中でグシャグシャになっていた。

余程残念だったのか、ただ、その記憶だけが残っている。

その遠足の内容などは全く覚えていないのに・・・

結局、一杯のお茶を飲むことも無く、ゴミになってしまった水筒。

魔法瓶は持ち運びするのはダメだなということで、次に買ってもらった水筒は普通のプラスチック製だった。

今の保温水筒は、ステンレス製だから、絶対割れたりはしないんだけどね。

 

私の小学生の頃の、ほろ苦い思い出。

なんか、特別なもの買ってもらった感じで嬉しかったんだろうね。

 

ふと、夏の暑い日にそこだけ思い出しました。 

 

ちょっと・・・なんなんだろうね。

変なのかな・・・自分自身。

なんか違う。

年のせいなのか、物忘れとか色々やらなきゃいけないことが片付かない。

物事を先送りする傾向は幼い頃からなんだけど・・・

今年は、仕事上で秋頃に面倒な調査を受けるから、その対応が不安なのか。

 

振り返ってみれば、今まで色々と嫌なことがあって

それを忘れようと抑え込んできたように思う。

眠れない日があった夜は、時には薬やお酒に頼ったこともあったか。

酔って忘れるために、オールドをストレートでラッパ飲みしたこともあった。

 

その頃から比べれば、今の状況なんてほんわかしたモノなんだけれど

抑え込みすぎて、必要なことに頭が回りにくくなってるのか。

ぉぃぉぃ、まだまだ先があるんだし、やりたいことも沢山あるんだから

ボケるなんてことだけは避けないといけないんだよ。

 

仕事する上での注意力というのか集中度が下がってるのは間違いないんだろうね。

最近、ちょっと適当にやっているというのか流れでやっているというのか

いけませんね。

初心忘るべからず。

あと少しで・・・なんて考えずに、最後まで全力疾走するつもりで

一生懸命が大事なのかもしれないですね。

出来るかな・・・やらないとですね。

 

 

なんだか忙しかったな・・・

暖かくなって、定期点検とか始めてたんだけど

設備士免許の更新講習があったり、リフォーム工事が2件重なってきたりして

ドタバタしてました。

余所の職人さんと連携する仕事は、なかなか時間かかる(>_<)

身体的にはちょっとしんどかったけれど、メンタル的にお元気出すには

刺激になって良かったのかもしれない。

今年の大雪で疲れてたのか、気持ちが今ひとつ沈んでたみたいだったから。

こういう時は、無理に頑張ろうと思ってもなかなかで

仕事に突き動かされてると、なんとなく出来てるなと思えるようになるもんかな。

気持ちが浮いてないせいか、そこそこしくじりも多かったけど。

段取りが悪かったり、モノを無くしたりして、身体と気持ちが今ひとつ

上手く動かなかったりしてたけど。

そういえば、今月誕生日だったんだ。

57歳か・・・よくこの年まで生きてこれたもんだ。

70歳くらいまでは元気でやっていたいな。

会社閉じてから、嫁さんと二人であちこち旅行もいきたいし。

みんなが定年を迎える65歳までは、会社やっていかないとな。

 

じいさんばあさんが、それまでに片付いてくれていれば良いんだけど。

言っちゃいけないことなんだろうけど、自由気ままに20年近く遊び暮らしてきたんだから、もう良いだろうよ。

家に1円も入れずに、お寺へ寄進しては自慢気にしているのも良いけれど

いつまでもそんな状態が続きはしないから。

8年後まで生きていたら、家計に金を出すことを考えてもらわないと

こっちも、年金生活になるのだから。

長男坊主と娘も、それまでには結婚して家を出るだろうし。

老老介護は嫌だな。

 

 

 

泣いてしまいます

おもちゃを動かす3歳児…遠藤由理さんの体験

 おもちゃにまつわる不思議な話もある。

 宮城県石巻市の遠藤由理さん(42=年齢は取材時)は、津波で3歳9か月の長男・康生(こうせい)ちゃんを失った。康生ちゃんは目がクリクリとした、とても愛らしい子どもだった。震災から約1か月後、遺体は見つかった。震災後、遠藤さん一家は「みなし仮設住宅」に住んでいたが、不思議な体験をしたのは、震災から2年たった頃。「康ちゃん、どうしてるんだろ。会いたいなあ」という思いが頂点に達したときだったという。

「二〇一三年のいつでしたか、暖かくなり始めた頃でしたね。あの日、私と中学生の娘と主人と、震災の翌年に生まれた次男の四人で食事をしていたんです。康ちゃんと離れて食べるのもなんだから、私が祭壇のほうを振り向いて、
『康ちゃん、こっちで食べようね』
 そう声をかけて『いただきます』と言った途端、康ちゃんが大好きだったアンパンマンのハンドルがついたおもちゃの車が、いきなり点滅したかと思うと、ブーンって音をたてて動いたんです」
 (中略)
『康ちゃん、もう一回でいいからママにおもちゃ動かして見せて』
 心の中でお願いしたんです。そしたらまた動いたんですよ。
『康ちゃん、ありがとう』
 こんな近い距離で私たちを見てるんだ。そう思ったとき、昔から私に『笑って、笑って』とひょうきんな顔をしたのを思い出しましてね。そうだ、私も笑わなきゃだめだ、頑張らなきゃだめだと思ったのです」

(「『ママ、笑って』――おもちゃを動かす三歳児」から)
 
そんな経験が皆無な私などは
本当の話なんだろうか・・・と思ってしまうけれど
あるのかも知れない。
霊であっても、怖くなど無い母の気持ちがひしひしと伝わってくる。
 
たまたまオモチャが動いてしまっただけだろう・・・
そう切り捨てる人がいるかも知れない。
そのひとときの空気はどんなモノだったろうかと
母の目には、我が子の姿がきっと見えていたのだろうと思う。
こんなことがもしもあったなら、私は涙が止まらなくなってしまう。
その前に、我が子を失うという衝撃に耐えられないかも知れない。
そんな自分には、大きな不幸に見舞われずに今日まで生きてくることが出来た。
きっと、それを幸せというんだろうね。
 
合掌
 
 
 
 

五月も終わりですね。

今朝は、雨が降りました。

五月に似合う、いい雨のように思います。

「締めの後は、焦らずに一休みすれば良い」

今まで繰り返してきた、当たり前のパターンをやっと思い出した様な

そんな気がしています。

色々あったから、なんだか気が急いてしまって

「なにかをどうにかしなければ」と、とりとめの無い気持ちになって

なにをどうすれば良いのか考えもしないままに

結局気持ちだけが急いていた様に思う。

 

これといってなにもしていなかったんだけど・・・。

価格の見直しとか、頭的にやることと

定期点検の実施と

来月は、メーター交換か。

 

夏だから、焦らずにぼちぼちで良いんだよ

また、次の冬が来るまで気持ちを休めておかないと

頑張れないんだから。