ume_boshiのブログ

人生の半ば、ふとした迷いから転職をしてしまった元看護師のぼやきです。

なんだか、体調良くない感じ?

しばらく前(半年以上経つのかな?)から、3時間位で目が覚める。

鬱じゃ無いんですよ・・・すぐにまた寝られるんです。

ただ、夜中にトイレに起きてしまうだけ。

飲み過ぎた日なんかは、夜中に3回位起きます。

眠りが浅いのでしょうかね?

看護師していた癖に、いまいち原因がはっきりしなくて・・・

いや、絶対に糖尿だとは認めたくなくてw検証して見っかな?と。

別に病院行って診断受けるとか血糖値測ってみるとかいうのでは無く。

単に自己診断してみようかなというだけのことなんだけど(^_^;

チェックリストの項目を自分で見てみようかなと。

  • のどが渇き、水を大量に飲んでしまう

  • 体がだるく疲れやすくなった

  • 食欲が異常にある

  • 食べているのに急にやせ始めた

  • 手先や足先が冷える

  • 体がむくむ

  • 食事中に汗をかく

  • 食事後に酷く眠い

  • 性欲がほとんどない

  • 傷が治りにくい

  • 立ちくらみするようになった

  • 便秘や下痢がずっと続くようになった

・口渇による大量飲水というのは、普通にしていても一日に5リットル以上とかとんでもない量飲んでしまう状態で、運動したりして大量に汗かいた場合はこの限りでは無いんだけれど 、それでも5リットル以上は凄いもかな。

意外に飲んでたりするのかな。

・うっ、身体がだるく疲れやすい・・・これは該当するか( ̄0 ̄;)

寝不足と年のせいだと思うんだけどな。

・異常では無いと思うけど、食欲はありますよん(^O^)v

・そして、食べているので太ってますよん(^O^)v

体重減って欲しいんだけどね。

・手先や足先が冷える・・・末梢の循環障害だと思うんだが、無いですねぇ。

・身体はむくんでません・・・浮腫のことですね。無いです。デブだというだけ。

・食事中に汗をかく・・・辛いカレー食べた時なんかはかくと思いますけど

普通の食事では汗かかないですね。

・食事後に酷く眠い・・・はい、眠いです。

まぁ、午後から仕事あればやってますけど、無ければ寝ていたい。

自営みたいなもんだから、気楽に生きていたい。

・性欲が・・・そんなに無いですよ、はい(^0^)ははは・・・は(T_T)

どうせな、そういう年なんだよ。ほっといてくれぃ。

・傷が治りにくい・・・ん゛~、なこたぁないですよ。

ふつーに治りまする。・・・と思いますよ。

・立ちくらみする様になった。

おおっ、昨日工事の時にえらく立ちくらみしましたね。

普段は、殆ど立ち座りを繰り返す仕事じゃ無いもんだから、

工事の時、しゃがんだり立ち上がったり繰り返すと「ふらふらっ」となりました。

これも年のせいだと思ってます。

・便秘や下痢がずっと続く様になった

汚い話なんだけど、そう言われてみれば「良い感じのンコ」を見ることが無くなったね。昔は、ウンコだねぇというウンコさんに出会えてたけど、最近は太いウンコなんて出ない・・・って、なんの話なんだよw

下痢というわけでも無く、便秘?というわけでも無く、ガスが溜まってるのかも?

 

ま・・・そこそこハズレてるみたいだから、9月位までに85kg位まで減らすことを目標にして、運動と食生活改善を心がけていこうと思うよ。

末っ子の娘も社会人になったばかりだし、まだ、もうしばらく元気でいないと

なんと言っても、「まだ」両親が異様に元気だからねぇ。

自分の方が先に逝かない様にしないと、あの爺と婆残すと子供達に迷惑がかかるわ。

そうだな、希望的には70歳位までは元気でいたいね。

仕事辞めてから、嫁さんと二人で行きたいところもあるし。

それまでに、出来たら爺さん婆さんの葬式出して

長男坊主と末娘の結婚式を見たいかな。

そしたら、親としてお役御免しても許してもらえそうだし。

孫の世話は、どうにも子供が苦手みたいだから、嫁さんに任せて先に逝けたらと思う。

迷惑ばっかかけてたから、老後は余り迷惑かけずに先に逝かないとね(^_^;

 

 

 

 

 

 

そんなこと言ってるうちに・・・

寒かった冬も過ぎて、あっという間に蒸し暑い感じの季節がやって来ました。

そう、辞めてから17年が経ちましたね。

 

あまり体力が無くなってきているのか、4/29.30で京都行ってきたんだけど

それだけで体調がおかしいというか、戻りませんね。

どうしたんだろう、自分の身体。

まだお休みするのは早いんだから、あと10年位は踏ん張ってくれ。

 

出来たら70位まで......色々行きたいところがあるんだ。

もう少し、ちゃんと動いていて下さい、私の身体。

少し大事にしていかないと、無理ばかりかけてきたからな。

たいして大事にもしてこなかったし、少しお酒は控えないといけない年なんだな。

 

10年10年言ってるうちに、6月が来たら「あと9年」になるんだな。

 (当たり前のことなんだけど)

経済的な状況では、そんなに決めて辞めなくてもという話もあるんだけれど

業界を取り巻く状況が、そんなに悠長な話では無くなってきているし。

価格や顧客に対する説明をオープンにしていけと、経産省までもが言ってくるようになった。

うちみたいな小さい販売店は、昔からきちんとやってるんだけどね。

きちんとやってないのは大手の方なんだよ、お役所さん。

●協なんか、基本料金と使用料金の区別も記載が無くて

「今月これだけ」ってもの凄くアバウトな請求形態なのを知らないんだろう。

息子がしばらく住んでたアパートの請求書が、そんなだったから間違いない。

大体、大手の会社ほど料金表を幾つもつくってるんだし。

ホームページで、どれを公表するつもりなんだろうかと思う。

 

 

細々書いててもしょうが無いんだけれど、世の中の流れというか

各業界「コンプライアンスが」とかいう話で、軒並みこんな感じらしい。

小さいお店や会社というのは、10年もしたら殆ど無くなってるんじゃ無いのか。

結局、大きいところが残ってつぶし合いという構図なんだろうけど

細かいサービスは行き届かなくなるんだろう。

電器屋が、そんな感じになってきてるし。

修理頼んでも、無償で来てくれることなんか殆ど無いし。

サービスセンターとかだと「うちのお客さんだから」なんてことは無くなるし仕方ないのか。

高齢者には、生きて行きにくい世の中になるのかな。

そういえば、お好み焼き屋のおばちゃん、良く蛍光灯変えてって言って2000円とか3000円とかつかませてくれたけど。

「そんなにいらないよ」と言っても、「良いよ良いよ」って言って。

今じゃ、おばちゃんの家も空き地になっちゃってる。

 

10年先には、会社を閉じた方が安全なんだと考えているんだが・・・

問題は、両親のこと。

元気すぎるから、私達の老後というのは無いかも知れないな。

65歳で仕事辞めても、介護が待ってて楽は出来ないのかなと・・・

あまり楽しい未来が見えてこないな。

 

仕事辞めたら、行きたいところが沢山あるんだけれど・・・

 

 

 

 

初心忘るべからず

退職して、もうすぐ17年が経ちます。

色んなことがありました、本当に色々な経験をさせていただきました。

あのまま病院にいたら、知ることは無かったであろうことも

沢山見知ることになりました。

知りたくなかったことも、経験したくなかったことも多かったけど

沢山の人と知り合うことが出来ました。

どの経験も、全てが今の私の糧になっていると思う。

 

「白衣の鎧」という言葉の意味もよく理解出来た気がします。

病院にいた頃、ずいぶんと偉そうだったんだろうな.......私は。

 

退職後16年余りやって来て、やっと去年位から安定した経営状態の年を

迎えることが出来ている気がする。

私の経営努力のせいなどでは決して無く

センターの皆さんのお心遣いと、世界的な原油価格下落のお陰で

黒字経営になっているのだと思う。

来期は、ちょっと税金の心配をしなければならないかも知れない。

そんな中、年末の自分を振り返ってみて

「また、ちょっと頭が高くなってませんか?」という状態に感じられた。

気をつけないとです。

あと10年がどの様なものになるかは判らないけれど

出来るだけ安定して、気苦労の無いものであって欲しいから

お客さんは大切にしていかないとね。

 

初心忘るべからず。

転がる石に苔むさず・・・と念じ続けて転がり続けてきたのだから

止まること無く、転がり続けていく気持ちを忘れないでいかなければ。

今年もあと2日足らず、気持ちを新たにしてまた転がり始めようと思

います。

 

 

取引先の人と忘年会でしたが・・・

色々と楽しく話をして時が過ぎました。

一人になってから、ふと

全てが美辞麗句、社交辞令なんだろうなと・・・

そんな事を思ったら、楽しくなくなってしまいました。

疑心暗鬼・・・人を心から信じられない、そんな自分が嫌だ。

しかし、相手は取引先なんだし、言う事全て本心であると考える方が変なのか。

自分で自分の性格が今ひとつ好きになれない。

誰かと密接に関わっていたいはずなのに、そう思う自分自身が相手に全てをさらけ出せない。

みんなそんなモノなんだろうか。

それとも、そんなこと感じるのは自分だけなんだろうか。

 

いつもいつも、無い物ねだりばかり。

自分自身がつかんだものさえ信じられない、そんな情けない自分がそこにいたりする。

相手に身を委ねるほどの信頼関係を望んでいる癖に、それが怖くて出来ない。

いつからこんなだったのか。

物心ついてからずっとか・・・

おそらく、もうこのままなんだろうな。

膝を抱えてうずくまっている情けない自分がいる。

いつも、いつも心はひとりぼっち。

今年もあと2週間

福井にも初雪が降りました。

根雪にはならず、年末まで降りそうに無い感じで

今年も初詣は凍えずにすみそうかな・・・なんて思います。

 

娘も、なんだかんだ言いながら国家試験に向けて一歩一歩頑張っている様子。

おちゃらけている様だけど、生真面目な方だから任せておいて良いと感じています。

お兄ちゃんも、仕事に頑張れているんだろうなと・・・。

余り息子の仕事に首突っ込む訳にも行かないし、心配は心配だけれど

もう28歳だし、任せておくしかないと思います。

20歳の時に、社会へ出る前に、もう少し父親として関わってやるべきだったなと

そんなことを思うけれど、下手くそな父親なので後悔してもしようが無い。

なんとか、息子が会社辞める前に止めることが出来たことで善としなければ。

小さい頃から、膝を折ってお前達と関わってこれなかった下手くそな父親だけど

これくらいが精一杯なのかも知れないから許して欲しい。

 

それでも、今は幸せだなと感じることが出来ていますよ。

無事という幸せをひしひしと感じています。

お寺の御前のいつもの話だったんだけれど、

「何事も無い」ということは、とても幸せなことでもあるのだと。

取り立てて良いことも無いけれど、特に気に病む悪いことも無いというのは

心が落ち着いた良い状態なのだと話していた。

そんなことを、ふと想う年齢になったのかなと苦笑いしているんだけど。

 

昨日、センターの看護部へ行ってきたけど、なかなか大変な状況みたいです。

落ち着いているけれど、全てがキチッとルーティンに沿って流れていくようにしないと

私がいた頃のように、出たとこ勝負の行き当たりばったりなんてのは通用しそうも無い。

なにか、真っ白な紙の上に書かれた一本の線のようで、

幹部の皆さんの穏やかな笑顔の中に、張り詰めた緊張感を感じてしまいました。

あの頃事故防止委員会と呼ばれていた会合で、ヒヤリハットなんというモノも取り入れられて

その色々な取り組みも、ひとつの形としてきちんとまとめられ、どのようなケースでどのように対応していくと言うことがきっちり決められているのを見て、なにかちょっと息が詰まる感じがした自分がいたりして・・・。

ここで、生きてこられたかなぁって・・・そんなこと意識したんだろうかな。

辞めて、ガス屋として大雑把な仕事をしてきた性なのか

看護師として緻密な仕事を積み上げていくという事が、とてつもなく怖いことに感じられる。

まぁ・・・ガス屋としても、失敗が許されないのは同じなんだけど

部下をまとめて、ひとつの病棟の上に立つという様なことが、自分には想像出来なかったんだろう。

徹がブチ切れることがあるらしいから、私なんか絶対に無理だな。

ガス屋しながらでも、辞めたはずのセンターに小判鮫みたいにくっついて

あと10年、波をよけながらなんとか生きていけたらなって思う。

 

人に説明するのが難しい様な変な人生になっちゃったけど・・・

それはそれで楽しい人生なのかも知れないし

「看護師続けていれば良かったモノを」って、そんな声も何処かに聞こえそうだけど

どちらに進んでも、しんどかったと思うから。

せめて、センターの皆さんからは悪い印象を受けずにここまで来れてるし。

このままあと10年走りきることが出来れば、

「看護師辞めたけど、上手くやりきったみたいだな」と言ってもらえそうです。

別に誰かから評価されたい訳じゃ無いけれど、

ダメだったね。とは言われたくないだけのことか。

看護師続けてるみんなへの、負けん気みたいなモノなのかも知れない。

あと10年は身体を大切にして健康でいないとね。

さて、初詣までもう一踏ん張りです。

 

 

子守唄・・・

幼い頃、祖母の背に負われて耳にしていた子守唄。

祖母が勝手に創っていたものかと思っていたんだけれど

生まれ育った田舎の辺りで唄われていた子守唄らしい。

もっとも、私が憶えていた歌詞とは少しだけ違う気がするけれど

なにせ、遠い昔の多くだから。

 

ねんねんや、おころりや

ねんねの寝た間にまま炊いて、赤い茶碗にととよそて....

 

その辺りまでしか憶えていない。

 

.................これが元歌らしい.................

ねんねんや おべどこじゃ
ねんねの寝たまに まま吹いて
赤い茶碗に ままよそて
白いお皿に ととよそて
ねんねが起きたら 食わしょかな

''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''' 

 

本当にやさしい祖母だった。

飯粒の中の仏様の話とか、人が死ぬとミミズから何度も生まれ変わって

ようやく人間に生まれてこれたのだから、命を大切にしなければならないとか・・・

何度も何度も、それこそ耳にたこができる位に聞かされた。

私は身体が弱かったから、よく風邪をひいて熱を出した。

そうすると、リンゴを摺り下ろして食べさせてくれた。

また、それも食べられない時は絞って飲ませてくれた。

当時は、ポカリスエットアクエリアスなんて無かったから。

本当に身体が弱かった私に、いつも寄り添って面倒を見ていてくれた気がする。

祖母がいなかったら、私は大人になるまで生きていられなかったかも知れないと思う。

小学校低学年の頃は、出席日数が危うくなる位に入院ばかりしていたし

そのせいか勉強も、ちゃんとついていけてなかったし。

それなのに良く看護師なんぞになれたものだと思う・・・あれは時代が良かったのかな。

「男の看護婦さん?なにそれ?」って良く聞かれたっけな。

全てがゆっくり進んでいた時代だったと思う。

 

ふと思う、「あんなやせっぽちで病気がちだった自分が

良くここまでやってこれたものだと・・・。」

 

婆ちゃん、ありがとうね。

「遺影の写真撮って欲しい」って何度も言ってたけど

良い写真あったじゃない、良い笑顔ですよ。

そんな写真、撮りたくないって言っちゃったっけか・・・ごめんね。

 

ふとした空想・・・妄想じみてるかな

何処かで聞いたか読んだかした話だけれど、

人の寿命をあらわした蝋燭があって、何処かの暗い洞窟の様な所に

無数の蝋燭が並んでいるらしい。

元気に燃えさかる炎もあれば、今にも消えそうにゆらぐ火もある。

長い蝋燭も短い蝋燭もあり、時にそれらの中に折れて灯火の消えた蝋燭もあるそうな。

私の知る話では、その洞窟に案内されて説明を聞いた男が

自分の蝋燭が消えかけているのを知って、近くにあった良く燃えている長い蝋燭と

自分の消えかけている蝋燭を交換したところ、その蝋燭は自分の子の蝋燭で

現実に戻った時、我が子が死んでいたという・・・取り返しのつかない話。

 

命の話では無いけれど、もしも生きていく気力というものがあって

もしも、それを人に伝播したり、または他人から吸い取るというか奪い取ることが出来たとしたらどうだろう。

運の良い人悪い人という概念が存在するようだが、それらのことも

このような事象に影響されているのかも知れないし。

人が無意識に、そんなことをやっているだとしたらと・・・ふと思ってしまった。

なにを馬鹿なことを、と自分でも思うけれど。

というのも、Mさんという存在を亡くしてから、どうにも色々なことが楽しくないのである。

若い頃から公私ともに世話になってきたからかも知れないが、色々なことが

あの人を軸にして回ってきた気がする。

その性なのか、まるで自分が糸の切れた凧のような感じで、何をしていても

定まらないというのか、充実感がない。

ある程度の所まで来ていたと思うのに、またつかみ所の無い焦燥感を感じることがある。

もう自分の人生、今から焦ってみたところでなにがどうなる訳で無し

ある程度決まったようなモノで、ここまで良くやって来たと考えるべきなんだけれど

Mさんのことが大きな穴になって、軸の定まらない様な不安定さを感じてしまう。

私は、Mさんから生きる力を受け取っていたのかもしれない。

ひょっとしたら、奪い取ってしまっていたのではないのか・・・・。

 

そんなことを思うほど、最近は会ってもいなかったんだけどね。

今年は色んなことがあって、自身が少しよれているのかも知れない。

・・・自分の元気が出ないのをMさんの性にしちゃいけないですね。

申し訳ない。

でもね、今でも家の前へ行くと

「うめちゃん、わしな・・・」って声が聞こえてきそうな気がするんです。

病院にいる間、貴方のお陰で楽しかったんですよ。

本当に、貴方に「頑張れ」と言われるだけで無敵になれましたから。

Mさんと良い先輩や同僚にも恵まれて、本当に無敵な状態で突き進んでいました。

馬鹿は馬鹿なりに、褒められることで調子に乗っていけたんでしょうか。

そんな私でしたから、ちょっと壁に当たった時、簡単に人生の舵を切ってしまったのかも知れないです。

そう言えば、貴方に相談すらせずに退職を決めてしまったのでした。

本当に馬鹿でしたね。

私は、貴方ほど頭が切れなかった・・・

人間関係において、貴方ほど周到に動くことが出来ませんでした。

それは、貴方がいてくれたお陰で、なにも考えずに動いても上手くいったから。

全ては、貴方が後ろについていてくれたから出来たことでした。

 

もう、何処にもいないのですね。

これからは、自分でしっかり立って歩いて行かないと

もう、いい年なのですし、いつまでもそんなこと言っていられませんから。

寂しい気持ちと悲しい気持ちは、心の隅に畳んで仕舞わなければなりません。

生きていく力を吸い取れるモノなら、誰かから吸い取りたい気分ですけど

それが我が子のやる気だったりしたら大変ですから、自分が頑張るしかないですね。

お馬鹿な空想してないで、明日からまた一つ一つ仕事を片付けていくことで

自分なりのけじめの日に、一歩一歩近づいていかなければなりません。

仕事辞めちゃったら、そんなに寂しいのかな。

嫁さんより長生きしないようにしないと、独りぼっちには耐えられそうにないからね。

また、いつか何処かで会えたらと思います、Mさん。