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ume_boshiのブログ

人生の半ば、ふとした迷いから転職をしてしまった元看護師のぼやきです。

一息ついて良いのかな?

いつからだったろう・・・

20代の頃からずっと、

これでいいのか?・・・と何か満たされない想いがあって

何をしても達成感が満ち足りないというのか、不完全燃焼で

何か次のものを求めているような感じだった。

学生の頃、看護師になればそれは満たされるのかも?と期待した。

資格試験を受けて、合格発表があって・・・

新聞紙面に自分の名前があって「受かってたよおめでとう」と声をかけられても

昨日の自分と今日の自分で、何かが変わったわけでも無く

そうか、受かったんだな・・と思いながら、確かめもせず仕事をしていた。

全国大会の発表者として山形まで行って、発表を終えて帰ってきても

行く前の自分と戻ってきた自分との間で、何らの変化も感じられ無かった。

2年目でオペ室に異動になって、院内ではちょっと特殊な立場に置かれたらしいことは判った。

今まで男性看護師が配属されたことの無かったオペ室に、2名配属された片割れが私だった。

運の良いことに一番信頼していた先輩と一緒で、自分としてはとても楽しく

「なんだか判らないが、大きな渦に巻き込まれたような期待感と不安感」

で、ワクワクくしていたのを憶えている。

オペ室勤務で、少しだけ自分の中に変化があった気がしている。

最初は奇異な目で私達を見ていた医師達が、少しずつ期待をしてくれるようになっていて

時に、男性看護師であることを褒めてくれるようなこともあったりした。

自分にとって医師達は、とても頭のいい人達であり、私などとはレベルの違う人生を歩んできている人種だと思っていたので、

そんな人達から期待されるなどと言うことは思ってもみなかったことだった。

 

ひょっとして、私はそれまで周囲から褒められたり期待されたりした経験が少なかったのかもしれない。

我のない方だったし、我を発揮すると言うことはわがままになるようなことだと、姉を見ていて思っていたのだろう。

私の姉は、「我の塊」のような人物だったから。

少しでも思い通りにならないと、おかしな持論を展開してでも自分の意見を押し通そうとすることが何度もあったので、私は姉には深く関わらない方が良いと思いながら生きていた。

自分の都合が悪くなると、狂ったような反応を見せる性格は、今でもそんなに改善されていないと思うので、彼女が遠くにいることをありがたいと感じている。

そんなことはどうでも良いのだ・・・

 

オペ室にいて、期待されながら頑張っていれば良かったものを

私は、病棟への異動希望を出すということをしたために、オペ室で

昇進するだろうという周囲の期待を大きく裏切っていたらしい。

それでも、病棟で学生の指導担当になりしばらくすると上司から

昇任試験を受けるように言われた。確か36歳の時だったと思う。

また、この時に私は人生のハンドルを切り損ねているらしかった。

なんと、父の会社を継ぐという名目で退職願を提出したのだった。

今思えば、これが一番の失敗だったのだと思う。

 

父の思うつぼにはまっていったわけで・・・

それまで、何かというと「手伝ってくれ」と言ってきていた状態が

使ってやっているという態度に豹変したのには驚いた。

咳をしながら背中を丸めて、暑い日も雪の日も外で仕事をしている父親

これから先は、少し余生というものを楽しんでもらおうと思って

退職願を出したのではあるが、父の思いは違ったようで

自分の会社に自由に使える社員が出来た的な感覚だったらしい。

私自身、人生の大切な時期にさしかかっていながら、さして父親の会社の

経営状態を調べもせずに退職を決めたのは、かなり浅はかだったと今にして思う。

LPガス業界は、その時既に下向きに加速していたらしいのである。

お客さんは毎年何件かずつ消えていく状態で、それは電化だけでは無く

高齢化で施設に入ってしまったり、お亡くなりになったりして消えていったお客さんが多数いた。

それでもなんとか現在やっていけているのは、センターの理事長や事務長の気持ちで、ガス納入をさせてもらえているお陰に他ならない。

我を張って偉そうにしていた父も、今年齢80になり、少しだけ弱ってきたらしい。

馬鹿な意地を張らずに、少しでも生まれてきた意味を感じて人生を楽しめば良いと思うのだけれど、暗い部屋の中でテレビのリモコンを握りしめて毎日を過ごしている。

ガス屋になってからのことは、細かくは書かずに端折ってしまったが

それなりに書きたくも無いようなことが沢山あった。

お陰で、人間的には少しだけ賢くなれた気はしている。

病院にいれば、そんな思いをせずに生きてこれたのだろうに、馬鹿な自分だとはつくづく思うが。

どちらが良かったのかは、死んでもわかりはしないだろう。

でも、ここへ来て、あれだけ焦り続けて、何をしても不完全燃焼のようになっていた自分が、「こんなもんかな」と、ポンッと坂道を抜けたようなと言うか、負荷が無くなったような気持ちになっている。

どうしたというのだろうね。

まだ死ぬと言うことでも無いとは思うのだけれど。