ume_boshiの          ブログ

人生の半ば、ふとした迷いから転職をしてしまった元看護師のぼやきです。

我が家のお盆も過ぎました

義父母の墓のある東山へ行き

祖父母の墓のある国見岳の上のお寺へ行ってお墓参りをしてきました。

墓標というのものは、亡くなった親族を偲ぶためのものであり

死者の眠るための場所と思っているのだけれど

必ずしも私達のやっている形式が全てではなく、散骨や総墓への埋葬という

形態を取ることも少なくは無い様子。

Mさんの息子が、そのようなことを言っていたときに

「墓くらい建ててやれよ」と思ってしまった自分がいたけれど

日本の墓という形式も所詮は人間が決めたもので、生きている人間の

勝手な思い込みであると言っても、間違いでは無いだろう。

死んだら存在も意識もなにも無くなるのだから。

あの世などというものがあればというのは、生きている者の心の慰めであろうし。

輪廻転生という考えは、幼い頃に祖母が話していたことから学んだものだし

さしたる学も無かったはずの祖母が、どこでその話を聞いたのかは

今となっては知る術も無いことではあるけれど、輪廻転生という考えは

チベット密教に発するものらしい。

人は死ぬと、ミミズから始まって沢山の生き物に生まれ変わって

ようやく人間に生まれてくることが出来たのだから、自分の命を粗末にしてはいけないと。

飯粒を粗末にしてはいけない。一粒の米には仏様が三体入っていらっしゃる。

という主題のおとぎ話を、何度も何度も聞かされたっけか。

ゆっくりと、実にゆっくりと流れていた自分の幼少期だったように思う。

なんにもなかった.............本当になんにもなかったんだけれど

とても恵まれていたように思う。

なんにもない、どこへも連れて行ってもらえない夏休みばかりだったように思うけれど

扇風機しか無くて、暑い暑いうだるような部屋の中で汗を流してゴロゴロしてた。

友達とプールへ行くのが、とても楽しかった。

1回30円くらいだったかな。

 

帰ると、いつも家には婆ちゃんがいてくれた。

優しかったな婆ちゃん。

父親母親よりも、爺さん婆さんとの思い出が多い様に思う。

無口で、いつもなんにも言わず、狭い小屋の中で黙々と桶をつくっていた。

大小様々な鉋や木槌、指物が並んでいた。

爺さんが死んだ後、父は全て捨ててしまったらしいが。

取っておく場所も無かったのは事実だが、そこには色々と父親の中の気持ちの問題があった様だ。